
2010,04,19, Monday
15日が今年度第一回のゼミでしたが、初回には全員顔を揃えるものと思って、私もゼミに臨みましたが、なんと欠席者が数人いました。連絡がないゼミ生もいました。今年はどういうゼミ活動をするのかを全員で確認する日だったわけですが・・・・。
ともかく、欠席者は事前に連絡をすることを徹底してください。いまさら、私から言うまでもないことですが、ゼミは出ても出なくてもいいというようなものではないことは十分わかっているはずですが。残念ながら、昨年度もそういうゼミ生が数人いましたが、結局、この三月までに卒論も書けず、単位も不足し、同期生と一緒には卒業できないゼミ生が数人でてしまいました。今年はそういうおちこぼれを出さないようにしてください。今年は私も厳しい姿勢でのぞみますので
、覚悟してください。二回目のゼミは22日です。春の河口湖の合宿に不参加の四年から報告をすることになっています。合宿参加者にはやりましたが、四年は個人面談もやるつもりです。新四年生は卒論締め切りまで、一年はもうありません。あと八ヶ月しか残されていないことを自覚してください。あっという間の八ヶ月ですぞ・・・・。
ともかく、欠席者は事前に連絡をすることを徹底してください。いまさら、私から言うまでもないことですが、ゼミは出ても出なくてもいいというようなものではないことは十分わかっているはずですが。残念ながら、昨年度もそういうゼミ生が数人いましたが、結局、この三月までに卒論も書けず、単位も不足し、同期生と一緒には卒業できないゼミ生が数人でてしまいました。今年はそういうおちこぼれを出さないようにしてください。今年は私も厳しい姿勢でのぞみますので

2010,04,11, Sunday
新学期早々の6日、「新井ゼミの学生の島田陽菜さんが今朝、交通事故で急死した」という衝撃的な知らせが、今お父さんからあったので、お知らせするという教務課からの電話で、新学期がはじまり新鮮な気持の院生たちが何人もいた私の研究室の空気が一変した。信じられないニュースである。つい一週間前まで(3月26日から29日まで)、河口湖のホテル湖龍でのゼミ合宿で、報告したばかりなのに、どうして。なぜ。動揺が激しいのが自分でも感じた。落ち着かなければならないと言い聞かせていたのも事実である。
この合宿までの新四年のゼミ長、新年度からの新ゼミ長(新3年)に連絡する。7日の夜、お通夜、8日に告別式という事を伝え、あまりにも可哀想なので、出来るだけ多くのゼミ生が参列するようにゼミ生にいっせいに伝えてもらう。淋しい葬儀では可哀想だ。新井ゼミとしたは、もちろん始めてのことであるが、あまりにも衝撃的で言葉がない。
6日の夜は、歴史学科にこの4月から新しく入ってこられた先生二人の歓迎会があったのだが、それを欠席して、ともかく、ご自宅に弔問に伺った。ご遺体の前で、お父さんから事故の様子を聞き、その惨い亡くなり方に、再度ショックを受ける。暗いためもあってなかなか家が見つからなかったのだが、その途中で事故現場があった。そこには「6日早朝、この交差点で死亡事故が発生した。目撃者がいたら、ぜひ情報を」と、真新しい看板が立てられており、私の中では事故が現実のものとなっていった。
あわただしく、時間が流れ、翌7日夕方のお通夜をむかえ、かなりの数のゼミ生が、冷たい雨の中を参列してくれた。満開の桜を散らす悲しい涙雨となったが、彼女が所属していた専大のテニスの愛好会のメンバーなども含めて、多くの若者が陽菜さんのために参列してくれたことは有難かった。
会場には今年の1月に成人式を迎えて、はじめて着ただろう着物姿の遺影が飾られていた。おだやかな表情の写真が、かえって悲しみを深めた。また、BGとして彼女が大好きだったという「ゆず」の曲が流れ、若い参列者の悲しみを一層深めることになった。告別式はうって変わって晴天になったが、式場に隣接する動物園の満開の桜がまぶしいほどで、私にとってもゼミ生を亡くすというはじめての経験を刻印する記憶に残る桜となってしまった。
告別式にも多くのゼミ生が参列してくれた。また、この3月に卒業し、4月から社会人になったばかりのK君が、会社からそのまま駆けつけてくれた。先輩をはじめ、新4年3年の新井ゼミ25名のうち、22名がお別れに来てくれたことは、島田さんも喜んでくれることだろう。改めて感謝したい。ゼミ生にとっても衝撃は大きいが、それを乗り越えて行かなければならない。
弔電をわざわざ寄せてくれた、歴史学科教員一同のメンバーにも御礼申上げる。会場で一番最初に読み上げられた。
今週から、新学期の講義がはじまる。ゼミもはじまるが、心引き締めて、新たな気持で研究とゼミ活動に取り組んで欲しい。
この合宿までの新四年のゼミ長、新年度からの新ゼミ長(新3年)に連絡する。7日の夜、お通夜、8日に告別式という事を伝え、あまりにも可哀想なので、出来るだけ多くのゼミ生が参列するようにゼミ生にいっせいに伝えてもらう。淋しい葬儀では可哀想だ。新井ゼミとしたは、もちろん始めてのことであるが、あまりにも衝撃的で言葉がない。
6日の夜は、歴史学科にこの4月から新しく入ってこられた先生二人の歓迎会があったのだが、それを欠席して、ともかく、ご自宅に弔問に伺った。ご遺体の前で、お父さんから事故の様子を聞き、その惨い亡くなり方に、再度ショックを受ける。暗いためもあってなかなか家が見つからなかったのだが、その途中で事故現場があった。そこには「6日早朝、この交差点で死亡事故が発生した。目撃者がいたら、ぜひ情報を」と、真新しい看板が立てられており、私の中では事故が現実のものとなっていった。
あわただしく、時間が流れ、翌7日夕方のお通夜をむかえ、かなりの数のゼミ生が、冷たい雨の中を参列してくれた。満開の桜を散らす悲しい涙雨となったが、彼女が所属していた専大のテニスの愛好会のメンバーなども含めて、多くの若者が陽菜さんのために参列してくれたことは有難かった。
会場には今年の1月に成人式を迎えて、はじめて着ただろう着物姿の遺影が飾られていた。おだやかな表情の写真が、かえって悲しみを深めた。また、BGとして彼女が大好きだったという「ゆず」の曲が流れ、若い参列者の悲しみを一層深めることになった。告別式はうって変わって晴天になったが、式場に隣接する動物園の満開の桜がまぶしいほどで、私にとってもゼミ生を亡くすというはじめての経験を刻印する記憶に残る桜となってしまった。
告別式にも多くのゼミ生が参列してくれた。また、この3月に卒業し、4月から社会人になったばかりのK君が、会社からそのまま駆けつけてくれた。先輩をはじめ、新4年3年の新井ゼミ25名のうち、22名がお別れに来てくれたことは、島田さんも喜んでくれることだろう。改めて感謝したい。ゼミ生にとっても衝撃は大きいが、それを乗り越えて行かなければならない。
弔電をわざわざ寄せてくれた、歴史学科教員一同のメンバーにも御礼申上げる。会場で一番最初に読み上げられた。
今週から、新学期の講義がはじまる。ゼミもはじまるが、心引き締めて、新たな気持で研究とゼミ活動に取り組んで欲しい。

2010,02,27, Saturday
26日(土曜日)の横浜での調査を最後に、NHKの取材が終わりました。研究室の撮影、新井へのインタビュー、ミニゼミ風景、軍事郵便撮影、ゼミ生の個別取材、ゼミ生の調査撮影、OGの取材、横浜への軍事郵便の調査撮影など、何日もかけてかなりの場面を撮影していきました。
今回の取材は、昨年の向ヶ丘遊園駅前のサテライト・キャンパスでの「命の便り展」の展示会、また、新井ゼミが何代にもわたって取り組んできた研究の成果の『ケータイ世代が「軍事郵便」を読む』の出版などに強い関心を寄せてくれた、NHKのディレクターからの新井宛の連絡が契機となって、テレビ取材を受けることになりました。取材はゼミの調査というで、軍事郵便を大量に所蔵され、その軍事郵便を書いた戦争体験者がまだご健在の方の家(横浜市)をゼミ生と一緒に訪ね、聞き取り調査を実施しました。撮影は、調査地のある横浜の、京急井土ヶ谷駅からその方の家までの間から、すでにカメラが回るという状況でした。
また、別の日には今度の本の編集の中心的な役割をしてくれた、現在は社会人のゼミ修了生への、取材がありました。最終的にどのような内容のものになるかは、私にもまだわかりません。まずは「見てのお楽しみ」ということになるのですが、新井ゼミとしてはこんなに長い時間の取材は、初めての経験となり、この取材に協力したゼミ生も、かなりのプレッシャーと緊張があったようでしたが、貴重な体験になったと思います。
番組はNHKの朝の時間で、「おはよう、日本」です。放映予定は3月6日(土曜日)の朝7時30分頃から8時頃の間という予定です。時間は10分ほどのものになるようです。この時間で10分というのは、かなり長い時間の放映となりますので、ゼミの活動の一端が出ると思います。この取材に協力してくれたゼミ生およびゼミ修了生、大変ご苦労様でした。また、調査を快く受け入れてくれた横浜の小野様・鈴木様にも感謝申上げます。
そもそもこの調査は、サテライトでの展示をご覧になった横浜在住の鈴木様が、自分の家にも父の軍事郵便が大量に残っており、現在それを解読しているとのお手紙を私宛にいただいたことがきっかけになっています。今回は、戦地からの軍事郵便と、銃後から戦地に宛てた手紙の両方が現存しており、かなりの枚数の軍事郵便が残されていたことも、聞き取りや実物調査が出来たことにつながっています。こんな事を考えると、歴史研究は、机上だけで済ませていては駄目ということでしょう。新井ゼミのモットーでもあります「COMF」(クリエイティブ・オリジナル・モチベーション・フィールド)が、今度の一連のことにつながったと思っています。先ずは自分の足で歩くこと、それが次のステップにつながります。
大きな事件でもない限り、3月6日に放映されますので、ゼミ生およびOBOGの諸君もぜひ、見て下さい。特に先日、千葉での集まりに参加してくれた多くのOBOGの方々、あの時、お話したNHKの番組というのは、このことでした。
3月26日からはじまる春のゼミ合宿時にも、全員で見たいと思います。
この休みは、貴重な時間です。ゼミ生諸君および、この4月から新井ゼミに入る一年生諸君も、ぜひ、卒論テーマの研究や今関心をもっているテーマについてのフィールド調査に一歩踏み出すことを期待します。何かが起こりますから・・・・・。
今回の取材は、昨年の向ヶ丘遊園駅前のサテライト・キャンパスでの「命の便り展」の展示会、また、新井ゼミが何代にもわたって取り組んできた研究の成果の『ケータイ世代が「軍事郵便」を読む』の出版などに強い関心を寄せてくれた、NHKのディレクターからの新井宛の連絡が契機となって、テレビ取材を受けることになりました。取材はゼミの調査というで、軍事郵便を大量に所蔵され、その軍事郵便を書いた戦争体験者がまだご健在の方の家(横浜市)をゼミ生と一緒に訪ね、聞き取り調査を実施しました。撮影は、調査地のある横浜の、京急井土ヶ谷駅からその方の家までの間から、すでにカメラが回るという状況でした。
また、別の日には今度の本の編集の中心的な役割をしてくれた、現在は社会人のゼミ修了生への、取材がありました。最終的にどのような内容のものになるかは、私にもまだわかりません。まずは「見てのお楽しみ」ということになるのですが、新井ゼミとしてはこんなに長い時間の取材は、初めての経験となり、この取材に協力したゼミ生も、かなりのプレッシャーと緊張があったようでしたが、貴重な体験になったと思います。
番組はNHKの朝の時間で、「おはよう、日本」です。放映予定は3月6日(土曜日)の朝7時30分頃から8時頃の間という予定です。時間は10分ほどのものになるようです。この時間で10分というのは、かなり長い時間の放映となりますので、ゼミの活動の一端が出ると思います。この取材に協力してくれたゼミ生およびゼミ修了生、大変ご苦労様でした。また、調査を快く受け入れてくれた横浜の小野様・鈴木様にも感謝申上げます。
そもそもこの調査は、サテライトでの展示をご覧になった横浜在住の鈴木様が、自分の家にも父の軍事郵便が大量に残っており、現在それを解読しているとのお手紙を私宛にいただいたことがきっかけになっています。今回は、戦地からの軍事郵便と、銃後から戦地に宛てた手紙の両方が現存しており、かなりの枚数の軍事郵便が残されていたことも、聞き取りや実物調査が出来たことにつながっています。こんな事を考えると、歴史研究は、机上だけで済ませていては駄目ということでしょう。新井ゼミのモットーでもあります「COMF」(クリエイティブ・オリジナル・モチベーション・フィールド)が、今度の一連のことにつながったと思っています。先ずは自分の足で歩くこと、それが次のステップにつながります。
大きな事件でもない限り、3月6日に放映されますので、ゼミ生およびOBOGの諸君もぜひ、見て下さい。特に先日、千葉での集まりに参加してくれた多くのOBOGの方々、あの時、お話したNHKの番組というのは、このことでした。
3月26日からはじまる春のゼミ合宿時にも、全員で見たいと思います。
この休みは、貴重な時間です。ゼミ生諸君および、この4月から新井ゼミに入る一年生諸君も、ぜひ、卒論テーマの研究や今関心をもっているテーマについてのフィールド調査に一歩踏み出すことを期待します。何かが起こりますから・・・・・。
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