2010,04,15, Thursday
時枝務・由谷裕哉 (編)『郷土史と近代日本』 角川学芸出版、2010年。
アカデミックライブラリーの一冊。
出版社から御恵贈いただいたが、執筆陣のどなたにお礼を言えばよいのかよく分からない。
(國學院の藤田氏だろうか?)
油谷氏の序章は「草莽の学の再構築に向けて」と題されている。
本書における「草莽」とは郷土史家を指し、近代日本における郷土史と郷土史家それ自体が研究の対象となっている興味深い書である。
読了後にまた触れよう。
アカデミックライブラリーの一冊。
出版社から御恵贈いただいたが、執筆陣のどなたにお礼を言えばよいのかよく分からない。
(國學院の藤田氏だろうか?)
油谷氏の序章は「草莽の学の再構築に向けて」と題されている。
本書における「草莽」とは郷土史家を指し、近代日本における郷土史と郷土史家それ自体が研究の対象となっている興味深い書である。
読了後にまた触れよう。
2010,04,04, Sunday
石井研士『プレステップ宗教学』弘文堂、2010年。
御恵贈いただいた。
全入時代の大学生のために書かれたものである。
宗教学系の講義を持たれている教員の方々は必見のテキストだ。
ほぼ同じ内容のものを独自のプリントなどを作成して使ってきたが、それが商品化されたようなカンジだ。
目配りも行き届いていて、便利なことこの上ない。
こうした企画力と、それを実現する著者や出版社の力量はすごいなあ。
御恵贈いただいた。
全入時代の大学生のために書かれたものである。
宗教学系の講義を持たれている教員の方々は必見のテキストだ。
ほぼ同じ内容のものを独自のプリントなどを作成して使ってきたが、それが商品化されたようなカンジだ。
目配りも行き届いていて、便利なことこの上ない。
こうした企画力と、それを実現する著者や出版社の力量はすごいなあ。
2010,04,04, Sunday
田中悟『会津という神話―“二つの戦後”をめぐる“死者の政治学”』ミネルヴァ書房、2010年。
御恵贈いただいた。
著者とは学会等でよくお会いする。新進気鋭の政治学者・政治哲学者である。
本書は博士学位請求論文をもとにまとめられたものだ。
ディシプリンは違うが、それゆえ勉強になる。
多謝。
「あとがき」によれば、大塚愛と久保田洋司の音楽に支えられて本書を執筆したという。
こういうところにも新しい世代を感じる。
御恵贈いただいた。
著者とは学会等でよくお会いする。新進気鋭の政治学者・政治哲学者である。
本書は博士学位請求論文をもとにまとめられたものだ。
ディシプリンは違うが、それゆえ勉強になる。
多謝。
「あとがき」によれば、大塚愛と久保田洋司の音楽に支えられて本書を執筆したという。
こういうところにも新しい世代を感じる。
2010,04,04, Sunday
鈴木 正崇 (編)『東アジアの民衆文化と祝祭空間』慶應義塾大学東アジア研究所、2009年。
御恵贈いただいております。
それにしても慶應の東アジア研はものすごい生産力だ。
鈴木先生のプロデュースの賜物か。
今年度は次のようにインド研究で講座が開設される予定のようだ。
東アジア研究所講座
学生に限らず、関心のある方は足を運ばれるとよいだろう。
御恵贈いただいております。
それにしても慶應の東アジア研はものすごい生産力だ。
鈴木先生のプロデュースの賜物か。
今年度は次のようにインド研究で講座が開設される予定のようだ。
東アジア研究所講座
学生に限らず、関心のある方は足を運ばれるとよいだろう。
2010,03,24, Wednesday
樫尾直樹 『スピリチュアリティ革命―現代霊性文化と開かれた宗教の可能性』春秋社、2010年。
御恵贈頂いている。
オレにとってはきわめて難しい本だ。
もちろん、文章は平明かつ的確であり、一般読者であっても、読んでいて流れが滞るようなことはないであろう。
文章力にすぐれている。
それでもなおかつ難しい。
どのようように読むべきか、が難しいのである。
宗教社会学の「論文」としてこれを読むことはできないし、瑣末的な手続きの観点からいえば酷評もできるであろう。
しかし、そんなつまらぬことを超えて、俯瞰的な見取り図を読者に開示するということは、著者の並々ならぬ力量の裏付けがあってこそ初めて可能になるのである。
個々の議論はそれぞれが大きな問題であり、個別にならいくらでも議論できるであろうが(たとえば「慰霊のスピリチュアリティ」など)、それらを総合してしまうというのは並大抵のことではなく、その意味で本書は、著者のおそるべき知的な力業である。
そして、この力業に魅了される読者も多いであろう。
もしかするとこれは著者の思想家としての開眼の書であるかもしれない。
御恵贈頂いている。
オレにとってはきわめて難しい本だ。
もちろん、文章は平明かつ的確であり、一般読者であっても、読んでいて流れが滞るようなことはないであろう。
文章力にすぐれている。
それでもなおかつ難しい。
どのようように読むべきか、が難しいのである。
宗教社会学の「論文」としてこれを読むことはできないし、瑣末的な手続きの観点からいえば酷評もできるであろう。
しかし、そんなつまらぬことを超えて、俯瞰的な見取り図を読者に開示するということは、著者の並々ならぬ力量の裏付けがあってこそ初めて可能になるのである。
個々の議論はそれぞれが大きな問題であり、個別にならいくらでも議論できるであろうが(たとえば「慰霊のスピリチュアリティ」など)、それらを総合してしまうというのは並大抵のことではなく、その意味で本書は、著者のおそるべき知的な力業である。
そして、この力業に魅了される読者も多いであろう。
もしかするとこれは著者の思想家としての開眼の書であるかもしれない。
2010,03,24, Wednesday
國學院大學研究開発推進センター編『霊魂・慰霊・顕彰―死者への記憶装置』錦正社、2010年。
少し前に頂いていたが、更新する時間がなかった。
内容にはまた改めて触れる機会もあるだろう。
國學院大學の慰霊研、今回で活動に一区切り、ということらしいが、何らかの形で今後も継続していって欲しい研究会である。
少し前に頂いていたが、更新する時間がなかった。
内容にはまた改めて触れる機会もあるだろう。
國學院大學の慰霊研、今回で活動に一区切り、ということらしいが、何らかの形で今後も継続していって欲しい研究会である。
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