2010,06,02, Wednesday
ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎(上下)』 倉骨彰訳、草思社、2000年。
気になるところは英文原典と照らし合わせながら丹念に読んでいる。英語の勉強にもなるしね。
人類史についての、このようなサイエンスからのアプローチをしっかりと把握したうえで、人文学や社会科学も論を組み立てなければならないだろう。
何十年も前の、すでに捏造や思いこみ、いわゆる「神話」でしかないような人類史理解をモデルにして構築されている論がいかに多いことか。
研究者として志は高く持ち、それを維持していたい。
気になるところは英文原典と照らし合わせながら丹念に読んでいる。英語の勉強にもなるしね。
人類史についての、このようなサイエンスからのアプローチをしっかりと把握したうえで、人文学や社会科学も論を組み立てなければならないだろう。
何十年も前の、すでに捏造や思いこみ、いわゆる「神話」でしかないような人類史理解をモデルにして構築されている論がいかに多いことか。
研究者として志は高く持ち、それを維持していたい。
2006,09,30, Saturday
「市民宗教論」、「徳川時代の宗教」、「心の習慣」などで有名なアメリカの宗教社会学者ロバート・ベラーのリーダーが出版された。
欧米の図書は、専門的なものであっても多くの場合ペーパーバック版が同時に発売されるので助かる。
Amazonでは15%オフだそうだ。
「市民宗教論」は、宗教社会学のみならず、関連諸学において(あるいは政治的にも)多くの議論を巻き起こした。
学史的にも無視できない業績だ。
そういえば、故ブライアン・ウィルソン先生に、生前、ベラーの印象を伺ったことがある。
「付き合いにくい人だ」と言っておられた。
ベラーは有名な禁欲的かつ規範主義的な学者であるからであろう。
ウィルソンはとてもワイン好きな先生でもあった。
2006,06,24, Saturday
イギリスでポストコロニアル・スタディーズのセンターのひとつであった大学にいたこともあり、また、解説本は好きではないので避けていた。
というか本書の存在すら知らなかった。
しかし、先日書店でふと目にとまり、手にとってみた。
よくできている本だ。
単なる横のものを縦にしただけの本ではない。筆者の執筆動機が、このテーマと絡み合って存在しているからだろう。
これから講義で表象やサバルタンの問題に踏み込むが、学生にも紹介しようと思う。
古書店ならかなり安く手に入るハズだ。
2006,06,24, Saturday
国際宗教研究所が東京堂出版からだしている『現代宗教2006』がでた。
「慰霊と追悼」の特集号という位置づけだ。
内容も時宜を得て興味深い。
拙論も掲載されている。
目次は国際宗教研究所のサイトに紹介されている。
http://www.iisr.jp/news.htm#2006
サイトではサンプルページの閲覧ができるようにもなっている。
掲載誌面の最初の数ページがpdf化されて置いてある。
日本の、それも宗教学プロパーの学術雑誌としては画期的な試みだ。
「慰霊と追悼」の特集号という位置づけだ。
内容も時宜を得て興味深い。
拙論も掲載されている。
目次は国際宗教研究所のサイトに紹介されている。
http://www.iisr.jp/news.htm#2006
サイトではサンプルページの閲覧ができるようにもなっている。
掲載誌面の最初の数ページがpdf化されて置いてある。
日本の、それも宗教学プロパーの学術雑誌としては画期的な試みだ。
2006,06,02, Friday
川又俊則・寺田喜郎・武井順介(編)『ライフヒストリーの宗教社会学:紡がれる信仰と人生』(ハーベスト社、2006年)が届いた。
編者のお一人から贈呈されたものである。
ありがとうございます。
「あとがき」によれば、ライフヒストリー・アプローチのみで一書を刊行するのはかなりのチャレンジであったという。
意欲的な論文集であるとともに、用語解説などもあって、大学の教科書・参考書としての活用が考えられている。
目次などはハーベスト社のサイトに掲載されている。
こちら。
編者のお一人から贈呈されたものである。
ありがとうございます。
「あとがき」によれば、ライフヒストリー・アプローチのみで一書を刊行するのはかなりのチャレンジであったという。
意欲的な論文集であるとともに、用語解説などもあって、大学の教科書・参考書としての活用が考えられている。
目次などはハーベスト社のサイトに掲載されている。
こちら。
2006,02,14, Tuesday
先日の『朝日新聞』の読書欄では、最近数多く出版されている「格差社会」に関する書籍の紹介をしていた。
日本におけるこの議論はすでに8年前に始まっていると指摘されていた。
以下に、そこで紹介されていたものを中心に、自身の備忘録も兼ねて掲載しておく。
現代文化を考える時に、やはり考えなければならない問題であるからだ。
また、先日紹介した櫻井先生の『カルトを問い直す』でも、考察の前提となる社会観として言及されている次のもの。恥ずかしながら未読である。
最後に、格差社会とは別の社会像を探る試みとして次の二冊が紹介されていた。
最近、講義をするようになってきて、やはり自分は社会学者の端くれなんだなあという意識が強くなってきた。
日本におけるこの議論はすでに8年前に始まっていると指摘されていた。
以下に、そこで紹介されていたものを中心に、自身の備忘録も兼ねて掲載しておく。
現代文化を考える時に、やはり考えなければならない問題であるからだ。
また、先日紹介した櫻井先生の『カルトを問い直す』でも、考察の前提となる社会観として言及されている次のもの。恥ずかしながら未読である。
最後に、格差社会とは別の社会像を探る試みとして次の二冊が紹介されていた。
最近、講義をするようになってきて、やはり自分は社会学者の端くれなんだなあという意識が強くなってきた。
2006,01,02, Monday
毎回、講義で書いてもらっているレポート。

半期の一科目でこれである。
他の講義形式の授業も同様だ。
試験も必要ないほどきめ細かな評価ができる。
毎回、3回は読んでいる。
労力はかかるが、学ぶことも多い。

半期の一科目でこれである。
他の講義形式の授業も同様だ。
試験も必要ないほどきめ細かな評価ができる。
毎回、3回は読んでいる。
労力はかかるが、学ぶことも多い。
2005,12,22, Thursday
北大の櫻井先生からも著書を頂いたのだった。
『東北タイの開発と文化再編』
オウムや統一協会などのカルト問題の研究者としても有名な方であるが、その一方で東北タイにおけるフィールド・ワークを主体とした宗教社会学的研究も長らく続けられている。「開発僧」などの御報告は、学会などでも拝聴している。
やはり社会学は社会の学であって、社会学者の学ではないことがよく分かる。
もちろん理論的批判は大事であるが、フィールドを持つことの大切さというか確実さを、氏の研究活動は示していると思う。
『東北タイの開発と文化再編』
オウムや統一協会などのカルト問題の研究者としても有名な方であるが、その一方で東北タイにおけるフィールド・ワークを主体とした宗教社会学的研究も長らく続けられている。「開発僧」などの御報告は、学会などでも拝聴している。
やはり社会学は社会の学であって、社会学者の学ではないことがよく分かる。
もちろん理論的批判は大事であるが、フィールドを持つことの大切さというか確実さを、氏の研究活動は示していると思う。
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